Running Your Best!

マラソン歴3年の鈍足主婦ランナーがサブ4を達成するまで。

振り返り(1)〜第11回湘南国際マラソン

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当日朝、シャトルバスで悠々と会場に向かう  

実は、青豆は東京マラソン2017の2ヶ月ほど前に、第11回湘南国際マラソン(2016年12月4日開催)に出場しています。  

いつかは出ようと思っていた湘南国際マラソン。先着順で競争率の高いことで知られるレースだけれど、2016年は6月末の一般2次募集であっさりエントリーできました*1。  

青豆にとって3回目、およそ2年ぶりのフルマラソン*2。  

新宿や池袋から現地の大磯までシャトルバスが運行され、ランナーは寝ながら現地に向かうことができる。これは楽ちん。青豆は前日から鎌倉に宿泊し、大船からシャトルバスを利用しましたが*3、車内はしんと静まり返っていて、快適そのものでした*4。  

会場で余裕をもって優雅に準備していたら、あっという間に8時です。  

9時、スタート。幸い暖かくてスタート前に震えることもなかった*5。スタートブロックはE、後方すぎて8km地点まで大渋滞でした。2万人近いランナーが走るには道路が狭いのかも。5km地点までキロ7分くらいで走っていましたが、その先は縫うように追い越し走行せざるを得なかった。これが消耗につながったのだと思います。

暑さと戦う後半、眼下に広がる大海原の声援に応えて   

それでも江ノ島(20km折り返し)までは快調で、折り返し後もキロ6分以内で走っていきました。前を走るラン友を発見して追い越し、適当なペーサーを見つけては追いかけて*6

ところが25キロ過ぎ、茅ヶ崎迎賓館前の給水所あたりから足が重くなり始めた。あとでラップを確認したら、この先はキロ6分を切っていない。ずるずると失速している。いくら水分補給をしても、30kmあたりで酸欠気味になり、手が痺れてきました。かろうじて足の痙攣は避けられたものの、35キロ地点の大磯港IC入口に至っては、キロ6分25秒くらいに遅れています。  

苦しい。これ以上のスピードは出ない。第2折り返し地点(西湘二宮IC)が果てしなく遠く感じられる。眼下に泡立つ海がキラキラと輝いている。  

ザッバーン*7。  

最後の急な坂*8を登り切ってゴール。ネットで4時間18分39秒、PBを12分更新。グロスはロスタイムが13分ほどあったので、4時間半を切れなかった。あと少し頑張れた気がする。でも、走りきった。その充足感はあった。  

私のマラソン人生、ここからだ。  

青豆は雲ひとつない青空を仰ぎました。

*1:公認レースではなくなって人気が落ちたという噂があるけれど、どうなんでしょう?

*2:フル参戦2回目は2015年3月開催の第1回横浜マラソンだったので、2016年12月開催の湘南国際マラソンまで1年9ヶ月の間隔が空いている。これは別に病気や怪我が原因だったのではなく、ただ単にモチベーションが下がっていたせいです。

*3:5時59分大船発、湘南バイパス経由で大磯プリンスホテルに7時着。

*4:それにしても、マラソン大会って男性ばかりですね。車内で女性は青豆の他に2〜3人程度でした。

*5:でっかいゴミ袋を被っていたのは青豆くらいのものでした。

*6:この「適当なペーサー」というのが曲者で、自分よりちょっとだけ速そうなランナーを見つけるのは案外至難の技です。次から次へといなくなってしまう。いなくなってしまうと足が遅くなる。これも経験不足なのだろうか。2ヶ月後の東京マラソンでは一切ペーサー探しを止めました。

*7:波の音。

*8:何じゃこれー?と叫びながら駆け上った。後で筋肉痛になったのは、この坂のせいに違いありません。

東京マラソン2017 レポート#3

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photo by Tokyo Marathon Foundation

初フルマラソン惨敗が、マラソン挑戦へのきっかけに

2回目のエントリーで東京マラソン2014に当選した幸運な青豆でしたが、ランニング超初心者のくせに、ランニングスクールに参加するでもなく、適切なアドバイザーがいるわけでもなく、ただ漫然と我流でジョギングを続けるのみ。キロ6分半くらいで走れば、なんとか完走できるだろうくらいに考えていました。  

そう、フルマラソンを甘く見過ぎていたんです。結果は惨憺たるもの。25kmで足が痙攣した後は足を引きずりながら歩くしかなく、制限時間30分前の6時間30分でゴール。完走ならぬ完歩です。情けなかった。その悔しさこそが、青豆をマラソン再挑戦へと駆り立てたようなものです。

マラソンを始めたきっかけは何ですか?と問われたら、「初フルマラソンが惨敗だったから」と答えたい青豆です。

2度目の東京マラソンは余裕のゴール、リベンジを果たす  

さて、鬼門の浅草雷門をクリアし、中間地点の富岡八幡宮まで、やや抑え気味に平均キロ5分50秒ペースで走っていきました。このまま後半もイーブンペースで走れば、4時間10分以内でゴールできるはず。蔵前から門前仲町までのアップダウン*1も、思ったより苦になりませんでした。  

25km地点の銀座。ああもう終わってしまうのか。そう思うと、一抹の悲哀すら胸元をよぎります。そこからペースアップできれば、4時間一桁、あわよくば4時間切りも可能だったかもしれない。が、そこは修行不足、経験不足の青豆*2、気がついたら周囲のランナーの足並みに合わせてペースダウンしていた。しかも、脱水しかけたのか左足裏に痙攣がきている。12時50分。思ったより気温が上昇しているようでした。

35km地点の日比谷で落ち着いて給水給食をし*3、気合を入れ直してラストスパートをかけました。気合が入りすぎて、38km地点の応援団ラン友の声援にお応えする余裕を失ったほど*4。ゴール前の丸の内仲通りまでに、100人くらい抜いたのではないだろうか。まるで大声援にお応えするかのように、青豆は疾走しました*5。  

そして、13時35分11秒、4時間16分9秒でゴール。グロスタイム表示の4:25:16という数字を目にした瞬間、大きなため息が出ました。グロスでなんとか4時間30分を切った。ネットでは2ヶ月前の湘南国際マラソンのPBを2分半更新。目標だった4時間一桁は達成できなかったけれど、少なくとも3年前の雪辱を晴らすことはできた。

フィニッシャーズタオルを肩にかけながら、「次はサブ4」と狙いを定める青豆なのでした。

*1:新コースで新たに加わった道。3つの橋がかかり、緩やかなアップダウンが繰り返される。

*2:初フルから3年、たかだか4回目のフルマラソン。20回、30回とフル参戦している青豆の周囲のマラソン先輩方に比べたら赤子のようなものです。そう簡単にサブ4達成できるわけがなかった。

*3:今回、最も気をつけていたのが給水と給食。5kmごとにスポーツドリンク、10kmごとにエナジージェルを欠かさないよう心がけました。

*4:あとでラップを確認したら、35kmから40kmの5kmを前半とほぼ同じ30分ちょっとで走っています。つまり、失速していない。2ヶ月前の湘南国際マラソンでラスト10kmを失速し続けたことを思うと、まずまずの進歩と言っても良いのでは。

*5:仲通りの声援はすごかった。あんなにすごい声援は初めて。見ず知らずのランナーたち全員に惜しみない声援を送ってくださった沿道の皆様、また大会を支えてくださったボランティアの皆様、本当にありがとうございました。

東京マラソン2017 レポート#2

f:id:miumiu3432:20170316094813j:plainphoto by Tokyo Marathon Foundation

9時10分号砲、ハートの桜吹雪が舞うスタートラインへ  

そうこうするうち、9時前にスタートセレモニーが始まり、9時5分、車いすマラソン・10kmがスタート。9時10分、マラソン・10kmがスタートです。

Aブロックからの順次スタートなので、Gブロックがスタートラインにたどり着くのは約20分後と踏んでいたけど、ブロックの前方に並んだおかげか、ロスタイムは約9分。3年前、Jブロックからスタートラインまで30分近くかかったことを思えば、夢のような早さです。

スタートから都庁通り、靖国通りへ向かう5kmは下り坂で、ランナーたちは軽快に飛ばしていきます。周囲の勢いにもまれながら、5kmはあっという間に走り抜けました。飯田橋に応援団がいたはずだけど、気がついたら通過していた*1。10km地点の日本橋、15km地点の浅草雷門もあっという間。今思えば調子が良かったのかも。12km過ぎの応援団には気づく余裕もありました。3年前はぼっち参戦だっただけに、沿道でラン友が応援してくれるって、こんなにもありがたいものなんだと涙が出そうになりました。

ジョギングを始めて4年目、東京マラソン2014当選で初フル参戦  

3年前の旧コースは浅草雷門が確か25km地点で、初フルだった青豆はここで両足が痙攣し、完璧に足が止まってしまった。それで、実は雷門に対して一種の恐怖心を抱いていたんです。また痙攣したらどうしよう。でも、もう3年前の青豆はいない。特にこの半年は、月間200km走ってトレーニングを積み重ねてきたのだから。

走り始めた頃の青豆は、ただ単に日課としてジョギングしていただけでした。キロ6分半くらいのゆっくりペースで、距離は5kmがせいぜい。目的だったダイエットには成功したものの、走り始めて1年後に腸脛靭帯炎で故障して以来、スピードは上げないよう細心の注意を払うようになっていた。もちろん、レース参戦なんて視野に入れていなかった。

一つのきっかけは、ジョギングを始めて3年目の2012年秋、フィットネスクラブの友人N子さん*2と一緒に参加した東京夢舞いマラソン*3 だった。

「信号待ちがあったり、コンビニでジュースを買ったり、神社で団子を食べたり、遠足気分で楽しいよ」

と、誘われたものの、実際には(団子を食べても)距離はフルマラソン。かろうじてゴールできたけれど、脚はがたがた、とてもじゃないけど走りきれたとは言えない。

だからと言って、反省して真剣にトレーニングを始めたわけでもなく、その後も相変わらずたらたらとジョギングを続けていたんですけどね(笑)。ところがその翌年の秋、はからずも東京マラソン2014に当選してしまったんです。

 

レポート#3へ続く。

*1:すごいランナーの数だし、すごい応援の人々。見つけ出すのも至難の技だろうと思っていましたが、あとで聞くと、ちゃんと見つけてくれていたそうです。うれしかった。

*2:百戦錬磨のトライアスリート、現在63歳女性。彼女とはスイミングで知り合った。30代からトライアスロンで世界中を飛び回っているアイアンレディで、フルの自己記録はサブ3.5。残念なことに、膝の故障で今は走っていない。

*3:東京夢舞いマラソンは「3万人規模のマラソン大会を都心に創設しよう」を目的に、2001年から始まったレース。2007年、その願いが叶って開催されたのが東京マラソンである。つまり、東京マラソンの先駆け。毎年約2,000名のランナーが参加し、交通規則を守りながら都心の歩道を42キロ、ゆっくり楽しみながら駆け抜ける。